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戦前は「俸給」もしくは「賃銀」で、戦後は「賃金」に

戦前は「俸給」もしくは「賃銀」で、戦後は「賃金」に

北見昌朗は平成7年に独立開業して(株)北見式賃金研究所を設立しました。実はその後、この社名に後悔するようになったのです。本来なら(株)北見式給与研究所とするべきでした。私淑していたのが賃金管理研究所の故弥富賢之氏だったので、その名前にあやかった訳ですが、当時はまだ「賃金」という言葉の意味を良く理解していなかった。

そこで、よく使われている賃金関係の用語を改めて解説しましょう。

【そもそも「賃金」って何?】

賃金を表す言葉には、報酬、給与、給料、俸給、賃金等があります。昔は、もらう人の立場によって呼び方が異なっていたのをご存じですか?

戦前、会社にはホワイトカラー(「社員」)とブルーカラー(「職工」「工員」「労務者」)という2種類の人がいました。まったく別の世界に属しているようなもので、両者の間には大きな待遇格差が存在していました。

「俸給」
ホワイトカラーが受け取るものは「俸給」と呼ばれていました。

「賃金」(「賃銀」とも書く)
ブルーカラーが受け取るものは「賃金」と呼ばれていました。

ところで「賃金」のことを「なぜ、チンギン」と読むのでしょうか? 本来ならば「チンキン」ではないでしょうか?

「昔は賃銀が使われていたが、1950年(昭和25年)以降、賃金との表記が一般化した」とウイキペディアに載っていますが、理由はわかりません。

確かに昔の本を読むと、こんな表現も出てきます。

「三度目に掛合つた老車夫が、やつとの事でお豊の望む賃銀(ちんぎん)で小梅行きを承知した」(『すみだ川』永井荷風)

「報酬」
会社の取締役(重役)が受け取るものは「報酬」と呼ばれていました。

「俸給」は、完全な月給制でした。月額が決まっており、欠勤しても、長引かない限り給与が差し引かれることはありません。また逆に、一応の勤務時間は決まっていたものの、遅くまで働いても、今日の意味での時間外手当は支給されませんでした。

「賃金」は、日給でした。職工の日給は就業時間に対して支払われたのではなく、休憩時間を含む一日の拘束時間全体に対して支払われていました。

「社員」には、多額の賞与も払われました。住友合資では明治時代、普通賞与と特別賞与を合わせた年間の賞与額は、月俸160円未満では10ヵ月分、400円未満では14ヵ月分、400円以上では30ヵ月分となったほどです。

「職工」には、年間1ヵ月分程度の賞与しか与えられませんでした。

国語辞典で調べてみますと、こんなことがわかります。

【俸給】
賃金計算形態のうち、1ヵ月何円というように月単位で計算し支給される給与のことをいう。職員層(ホワイトカラー)を対象に支払われる。

【賃金】
賃金は、これまで直接生産部門で働く労働者に支払われる報酬を意味する。しかし、最近はこのような区別はとくに設けず、労働者も職員もすべて労働者と呼び、彼らが受ける報酬を賃金と規定するようになっている。

英和辞書で調べてみますと、こんな日本語訳が出てきます。

pay(給与)
 例文:pay day(給料日)
どんな場面でも使える一般的な単語です

remuneration(報酬)
 例文:You can receive remuneration.(あなたは報酬を受け取ることが出来ます)
 正式な場面や文書でのみ使われる単語のようです。

salary(俸給・給料)
 例文:a fat salary(高給)
語源を調べますと、salt(塩)です。古代ローマで兵士に給料として塩を支給されました。
いってみれば日本では武士に与えられた禄高と同じです。「一石」(人間一人分の米消費量)と同じような意味です。
「俸給生活者」とは、俸給によって生計をたてる人で、サラリーマンという。

wage(賃金)
(時間・日・週決めの)賃金。肉体労働による労賃。罪の報い。
 例文: an hourly wage(時間給)

何と「罪の報い」という意味まで含んでいるのです。驚いたことに、こんな文例もあるのです。
 例:The wages of sin is death.(罪の報いは死なり)《聖書「ローマ人への手紙」から》

さらに驚いたのは、こんな文例もあります。
 文例:to wage war(戦争をする)

これでわかる通り、wage(賃金)は本来あまり耳に響きの良い言葉ではありません。それが戦後の日本では一般的になったのは、労働基準法が戦後に制定されたからです。GHQによる日本の弱体化政策の一貫として、日本人の「勤労観」を叩き潰し、代わりに「労働は苦痛だ」という精神を注入したのです。

【労働基準法では「賃金」】

労働基準法は、次のように定めています。
第11条 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。

【健康保険法では「報酬」】

日本において最初の公的医療保険は、大正11年に施行された健康保険法であり、これは企業雇用者の職域健康保険でした。これはホワイトカラーの「社員」が加入するものだったので、「報酬」という言葉を今でも使っています。

健康保険法第3条
この法律において「報酬」とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのものをいう。

【国家公務員では「俸給」とは「基本給」のこと】

国家公務員法は、昭和22年に制定されました。かつては国の官吏に与えられる基本給と諸手当などを含めて「俸給」と呼んでいましたが、国家公務員法の制定に伴い、「基本給」を意味する法律上の用語になりました。

労働基準法は、昭和22年に制定されました。同じ年に制定されながら、かたや「俸給」で、かたや「賃金」です。ここに民間に対する役人の意地とプライドを感じますね。「我々国家公務員は、下々の労働者階級とは違う」といいたいのでしょう。

【地方公務員では「給料」とは「基本給」のこと】

地方公務員は、地方公務員法「第二五条(給与に関する条例及び給料額の決定)」において、賃金全体のことを「給与」と表現し、基本給のことを「給料」と表現しています。

同じような意味の言葉なのに、本当に複雑ですね。調べれば調べるほどわからなくなります。