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北見昌朗のプロフィール~我が師を語る

アントレ2015年秋号

この記事は『アントレ秋号』(2015年9月27日発売号)に掲載されました。

マネから始めよ 開業成功の道
<士業>の場合

経営者の生き様や気迫を学び、経営者を志すことができました

北見昌朗さん(57歳)
(株)北見式賃金研究所・社会保険労務士法人北見事務所/名古屋市西区
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遠山昌夫氏
菊水化学工業(株)最高顧問
1930(昭和5)年生まれ。終戦直後、裸一貫で塗装業を始める。その後、自ら塗料の改良を志し、59年に建築塗料メーカーの菊水化学工業を設立。一代で社員数370名強、年商200億円以上の東証2部上場企業に育て上げる。

「現場から学べ」との教えでヒット商品を開発

社会保険労務士法人と、給与コンサルティング会社を経営している北見昌朗さん。地元の新聞社で経済記者としてキャリアをスタートした。「給料に不満があった。もっと経営者と従業員が一体化し、みんなで業績を上げて分かち合う経営が必要と実感した」と述懐する。一方、バブル経済で採用難が続いていた当時、記者として経営者に取材すると、給料をいくらにすればいいかわからず困っている経営者が多いことも知った。そんな26歳の頃、同じビルに入居していた菊水化学工業社長の遠山昌夫さんを紹介される。

「面倒見がいい方で、よくかわいがってもらいました。予科練で一度は死を覚悟した人。オーナー経営者の、逃げない、ぶれないという迫力のある生き様に圧倒されたのです。『こうなりたい、という思いの強さで人生は決まる』という言葉に、自分もそんな生き方をしたいと思うようになりました」

しかし、何をすればいいかが見つからない。そんな30歳の時、公認会計士の大平吉朗さんに出会い、かわいがられるように。「ある日、居酒屋で『強いニーズがあるのだが、給与のコンサルティングができる人がいない』と聞き、これだと思った」と北見さん。もちろん、入社後から抱いていた給与制度への問題意識もベースにあった。

そして、社会保険労務士資格を取得し独立。遠山さんの「現場から学べ」との教えを守り、中小企業の給与実態調査を敢行する。当時、役所が発表する「モデル賃金」しかなかったからだ。こうしてできた「ズバリ!実在賃金」という画期的な調査データがヒットする。

「今や従業員は30名で、名古屋最大の社労士法人となりました。かつ、実在賃金による給与コンサルができるところは当社だけだと思います。遠山先生と大平先生のおかげです」と北見さんは強調する。

アントレ 北見昌朗
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