4割が「賞与ほぼ0円」なのに“上昇”報道の不可解
プレジデントオンラインで、北見昌朗の執筆した記事が掲載されました。
『4割が「賞与ほぼ0円」なのに“上昇”報道の不可解』です。
お読み下されば幸いです。
結局、夏のボーナスは増えたのか減ったのか
政府は「アベノミクスのおかげで民間給与は上昇している」といったPRに躍起だが、ところで皆さん、2014年の夏の賞与は増えただろうか、それとも減っただろうか。
もし新聞報道が正しかったとすれば、ニッコリ笑って「増えた」と手が上がる人も多いはずだ。
政府の発表と、それを真に受けて報道する新聞社を尻目に、ヤフーが面白い調査をやってくれた。「夏のボーナスは増えた? 減った?」だ。これは2014年の8月に実施されたもので、6万2122人が回答した。
第1位は何だったかといえば、なんと「ボーナスがない」だ。
「ボーナスがない」というのは30.8%あり、1万9188人が回答した。第2位は「減った」で、26.9%、次に「変わらない」が22.5%と続いた。期待されていた答え(?)である「増えた」は19.8%で、もっとも少数派だった。
長年、給与や賞与を研究してきた筆者にすれば、「ボーナスがない」という回答が1位になったことは何ら違和感がない。
給与や賞与等に関するデータは種々あるが、その中で一番信憑性の高いものは何か?
著者は2つ挙げたい。1つ目は国税庁の民間給与実態調査だ。これは5000万人(非正規も含む)以上いる民間給与所得者の年収を調査したもの。年末調整の数字だから正確である。
2つ目に挙げたいのは、厚生年金の事業年報だ。これは厚生年金の保険料を徴収した際のデータだから、これ以上正確なものはない。賞与から保険料を徴収したのは2003年からだから、それ以降の推移がわかる。最新のデータは2011年だ。
実態は、賞与ゼロの男性社員が26%
厚生年金の被保険者は、2011年で3400万人いた。それを性別にチェックしてみた。
男性は「賞与ゼロ」だった人が2003年に21%だったが、2011年には26%になった。実に600万人近い男性がゼロだったことがわかる。「年間賞与30万円未満」だった人は、2003年にも2011年にも13%だった。
「年間賞与30万円未満」というのは、もはや賞与と呼ぶに値しないかもしれない。それは「寸志」と言ってもいいレベルだ。だから「賞与ゼロ+寸志」という人は、26%+13%ということで、実に4割を占めるまでになっている。
一方、「年間賞与200万円以上」は約1割いて、安定した賞与をもらっている。
厚生年金の被保険者の中には非正規従業員も含まれている。被保険者の何割が非正規なのか不明だが、非正規といっても実際には正規とあまり変わらないくらい勤務している人が多いはず。法的には正規従業員の4分3以上の勤務時間になれば厚生年金などへの加入義務が生じる。
それでは女性はどうだったか。「賞与ゼロ」だった人が2003年に27%だったが、2011年には33%になった。「年間賞与200万円以上」というのは1%しかいない。
このようなデータを解説すると、では日頃の「みなさん、ボーナス増えましたよね!」的な能天気な新聞報道はいったい何なのか? という疑問が沸くことだろう。
著者にいわせれば、民間の給与や賞与に関する記事は、実はほとんど信用できない代物で、ウソだらけである。
そもそも賞与を調査して発表しているところはどこか。経団連・経営者協会、人事院あたりが思い浮かぶことだろう。だが、それらの調査内容はブラックボックスで、他人が内容を検証できないとの指摘もある。
だから「恣意的な内容で、実は世間を欺くための情報操作に満ちている」と批判されても仕方がないのではないか。
例えば、こんな記事がある。「経団連は31日、大手企業の今夏のボーナス(賞与・一時金)妥結額の最終集計を発表した。回答した133社の平均額は86万7731円で、昨夏より7.19%増と、2年連続で増えた。伸び率はバブル期の1990年(8.36%)以来の高さとなった。調査は主要20業種240社が対象で、うち16業種の133社から集計可能な回答があった。」(読売 2014年8月1日)
筆者は、この記事を読んで「そもそも経団連って何だ?」と感じた。少なくとも周囲には経団連の加盟企業なんて見当たらないので、ピンと来ないのだ。
そこで経団連に電話をしてみた。
「賞与アップした」ことにしたい理由
筆者はアンケートに回答した会社を教えて欲しいと言ったが、回答は「賞与に関する調査対象の企業は非公開」だった。経団連のHPには現在、企業会員が公開されているが(筆者の調べでは公開は最近になってからのこと)、どうやらボーナス調査対象はその企業会員すべてではなく、ごく一部のようだ。結局のところ筆者にしてみれば「経団連なんて、雲の上の存在」でしかない。一部の大手企業が入っていることは想像できるが、実感が沸かない存在なのだ。
「雲の上の存在」は各地方にもある。筆者の地元ではこんな記事が載った。
「愛知県経営者協会は5日、会員企業の2014年夏季賞与の調査結果を発表した。妥結平均は前年比5.08%増の59万6825円(基準内賃金の2.20か月分)で、リーマン・ショック前の08年の約60万円に迫る水準となった。一方、会員企業を対象とした14年春闘の調査では、基本給を一律に引き上げるベースアップを実施したのは約5割だった。」(読売 2014年8月6日)
こんな記事は読めば読むほど、いったいどこを調査したのかと首を傾げてしまう。経団連とか、経営者協会とかいう団体は、なぜこうも高い金額を発表したがるのか?
筆者は考えて合点がいった。
それらの団体は労働組合を意識しているのではないか。経営者団体は「こんなに高い給与や賞与を払っている。だから、もうこれ以上の引き上げは無理」だと労組に言いたい。そのために新聞発表をしているのだ。
一方の労組は職務上、「日本企業は労働分配率が低過ぎる」と経営者に迫ると同時に、組合員に対しては「労使交渉の成果として高い賃上げを獲得できた」とPRしたい。
だから、連合も負けじとばかりに高い金額を誇らしげに発表する。連合サイトを見ると「2014春季生活闘争最終集計。賃上げ(平均方式)2%を上回る、一時金水準は2008年水準に回復。一時金は、年間分の月数回答は4.78月(昨年同時期比+0.29月)、額回答は1,539,022円(昨年同時期比+87,625円)といずれも増額となっている」と載っている。
当事者には失礼ながら、ニュースの発表者である経団連にしても、連合にしても存在感が低過ぎる。
そんな企業で勤務している社員は、日本の5000万人の勤労者の中で何%いるというのか! ごく一部のエリートの給与や賞与が上がったところで、全体の底上げにつながるのか!
これらのニュースソースの発表を鵜呑みにして報道する新聞社の見識も疑いたい。
官公庁や大手の発表をそのまま記事にするだけだったら、新聞記者などいらない。新聞記者だったら、自分の足で情報を得るという努力をして欲しい。
新聞を賑わす賞与の記事が実態を表していないことを、一般の人々は実感として感じている。だから冒頭のヤフーのアンケートには、以下のようなコメントが山のように寄せられているのだ。
「新聞報道では8万円増えたとあるが、どこの世界だろう」
「確かにいつも感じています。平均的世帯の収入例とか貯蓄額とかあれを見るたび心が折れる」
「ボーナスが増えているのは、架空のアベノミクスを支えるため政府に協力している、一部の大企業だけ。それも夏までだろう」
「企業の支給額は、ちょっと上がっても、税金や保険料などが天引き額も上がっているから、実質下がっていることも」
北見昌朗 きたみ・まさお
歴史に学ぶ賃金コンサルタント
名古屋の北見式賃金研究所長。これまでに就業規則を500社以上作成した経験から「労基法は昭和22年制定であり現代に合わない部分が多過ぎる」と持論。
http://www.syugyokisoku.net/