給与トップ> 「同一労働同一賃金」という政策の限界と会社の対応策

マイオピニオン
「同一労働同一賃金」という政策の限界と会社の対応策

北見式賃金研究所 北見昌朗 平成30年8月

「同一労働同一賃金」という政策の限界と会社の対応策

会社の対応策のツボは「手当」にある

ここまで論じてわかっていただいたと思うが、手当が問題になりやすいのである。それならば意味のない手当を廃止して基本給に加えてしまうという対策が浮かんでくる。例えば、こんな手当だ。


皆勤手当(有給休暇を取得しても皆勤手当を不支給にできないので、あまり意味がない)
食事手当(弁当の回数を数えるのが手間)
全員一律支給の住宅手当

それから慶弔金規程なども、非正規従業員向けに整備した方が良いだろう。

「同一労働同一賃金」が問題になるのは限られた職種

日本では、職務給は主流ではない。それはどんな職種なのか、思い付くままに列挙しようとしたが、多くは出てこない。例えば、こんなところだろう。

運転手
職人(大工・左官工・塗装工)
薬剤師(特別な資格を持つ人)
通訳(特別な専門職)
パート・アルバイト

これでわかる通り、かなり限定されている。多くの職種はむしろ職能給である。

職能給と職務給の違いとは

ここで改めて用語を確認したい。

現在の日本のほとんどの企業では職能給制度を導入していて、勤続年数が長くなることで賃金が上がる仕組みを取っている。これを「定期昇給」という。ただし、人事考課によって定期昇給額に差を付ける。

これに対して職務給は、勤続年数などによらず、仕事の内容と責任の度合によって職務に一定の序列を設け、それに応じて支払われる。同じ職務をしていれば基本的に昇給がない。ただし、賃金の相場が高騰した場合は一律的にベースアップする。職務給制度は元々は欧米を中心に広く導入されており、いってみればグローバルスタンダードだといえる。

職能給と職務給のメリットとデメリット

職能給はいってみれば「就社」であり、これに対して職務給はいってみれば「就職」である。それぞれにメリットとデメリットがあるが、列挙すればこうなるだろう。

職能給のメリット

会社側にとっては、従業員の勤続奨励になる。能力向上のため教育研修に投資できる。
従業員にとっては、ライフスタイルに合わせて将来設計がしやすい。

職能給のデメリット

会社側にとっては、年功序列型になりやすいので人件費のコストが上がりやすい。
従業員にとっては、転職が容易ではない。

 

職務給のメリット

会社側にとっては、人件費のコストがあまり上がらない。
従業員にとっては、転職が容易になる。

職務給のデメリット

会社側にとっては、互いに教え合ったり助け合わない風土になる。
従業員にとっては、転職しなければ昇給が望めない。

戦後の日本企業が目指したのは「同一能力同一賃金」

今の日本では「世界の主流は職務給だ。職能給は日本しかない古い制度で、廃止して、職務給に切り替えるべきだ」という向きもある。だが、そんな意見を述べる前に、賃金の歴史を学んで欲しい。

明治維新になって、定期昇給という制度が最初に採用されたのは海軍省や陸軍省などの役所であった。それに続いたのは三井や住友などの財閥だ。財閥は大卒を採用して、月給制を採りいれたサラリーマンにした。「サラリーマン」という言葉は今でこそ悪いイメージだが、元々はエリートを指す。

戦後は、製造現場で働いていた職工(日当制だった)も月給制にして、社員化した。こうして長期勤続して腕を磨く技能工が産み出された。戦後の高度成長を支えたのは、まさに職能給制度で大事に育てられた熟練工たちだ。

日本の職能給は世界に冠たる進んだ賃金制度

中国の経営者は、日本企業を視察に来ることが多い。

彼らの目的の一つは日本の人事制度だ。中国では、あまりにも勤続年数が短くて技術や技能が上がらないという悩みを持っている。だから日本の年功序列的な人事制度に興味を抱くのだ。

その価値に気付いていないのは、むしろ日本人の方である。

今さら「職務給」の導入を目指すのはズレている

日本人が外国人と違う点は、東日本大震災を例に出すまでもなく、助け合いの心があることだ。震災という極限状態に置かれても、日本人がチームワークを発揮したことに外国人は驚嘆して賞賛した。

この国民性に合うのは、穏やかな能力主義と、穏やかな年功序列を基本にした処遇であると北見昌朗は考える。

日本はバブル崩壊以降、賃金制度の見直しにいろいろなトライをした。職能給を職務給に切り替えるべきだという向きも一部にいたが、多数派にならなかったのは、こうした国民性のなせる業である。

年俸制などの成果主義も根付かなかった。

「職務給を導入して、同一労働同一賃金を目指そう」という主張には、北見昌朗は今さら感を抱く。