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春闘、中小は「賃上げほぼ0円」格差拡大

プレジデントオンラインで、北見昌朗の執筆した記事が掲載されました。
『春闘、中小は「賃上げほぼ0円」格差拡大』です。
お読み下されば幸いです。

今年のベア?「広がるよ、でも……」

「今年のベアはどうなりますか?」

私は、賃金コンサルタントという職業柄、このような質問をよく受ける。これに対して、私は「ベアは広がる」と即答している。確かに、数日前、トヨタ自動車は賃上げ月額4000円、日産自動車も同5000円で春闘の労使交渉が事実上決着したとの報道もあった。

だが、私は「ベアは広がる」の後にこう付け加える。

「ただし、大手の間の話だ。中小企業では、業績に明暗があるので一概に言えないが、ベアの実施はほんの一部しかないだろう」

初任給の引き上げは顕著な動き

私が代表を務める北見式賃金研究所(名古屋市)は2015年2月、顧客を対象にして新卒初任給の調査を行った。愛知県下の中小企業104社が回答した。2015年4月入社の人の初任給を引き上げる会社は、18%にのぼった。さらに2016年の初任給に関しても早々に引き上げを決めた会社もある。

初任給を引き上げる理由は何か?

それはもちろん求人が目的である。アベノミクスが始まって以来、求人難の傾向が強まり、中小企業は応募者が集まらずに苦労しているところが少なくない。

初任給は、これまで多くの企業が据え置いてきた。リーマンショック以降、人減らしが進行する中で、初任給を引き上げた会社は希で、話題にすらならなかった。だが、アベノミクスで様相が一変した。

2014年にベアを実施した中小企業は6%のみ

北見式賃金研究所は昨年、2014年春に顧客の賃金明細を検証した。

顧客各社の給料の改定前と後の賃金を比較して、どのように上がったのか実態調査を行った。比較したのは基本給の増減である。94社から8600人の社員の賃金明細を入手できた。経理部経由の1円の間違いのない、正確無比なデータである。

ここで問題になったのは、ベアという言葉の定義だった。賃上げには、ベースアップと定期昇給という2種類がある。

ベースアップ、つまりベアとは「賃金を全員一律に底上げすること」である。

これに対して定期昇給、つまり定昇とは「1年間の勤続を評価して賃金を引き上げること」である。

だが、実際には中小企業ではベアと定昇が分かれていない場合が多い。そこで「初任給を引き上げ、かつ、初任給アップ額以上の賃上げをほぼ全員に行った」会社のことを、ベア実施とみなした。

若年層のみ恩恵 いい人材採用のため

この賃金明細の実態調査で、次のようなことがわかった。

ベア実施は会社単位で6%。定昇のみ実施は会社単位で82%。残りは賃上げナシ、もしくは減給だった。

ベアを実施したのは6%で6社だった。顧客企業だから、どんな会社なのかよく存じ上げている。6社のうち、4社は自動車関連で数億円単位の経常利益を出している優良企業だった。残り2社は、これも数億円の利益を出す企業だった。

冒頭で述べたように、今春、初任給を引き上げる予定の会社が18%なのに、昨春ベアを行ったのは6%しかなかった。このことから「差」の12%は、初任給がらみの若年層のみ引き上げた会社だったということになるだろう。言ってみれば、いい人材を採りたいがゆえの苦し紛れの初任給引き上げだったのだ。つまり、新人さん以外は、世間で叫ばれているほど、恩恵はなかったということだ。

今春も、会社員の7割は「望み薄」

2015年の中小企業のベアはマチマチ

それでは、今春、2015年の中小企業のベアはどうなるだろうか??私は、次のように業種・企業規模により、○と×に区分されると考えている。

○ 自動車産業の会社。ここは円安メリットを享受している。だが、メリットを満身に受けているのは大手メーカーだけであり、下請けには回らない。忙しくても儲からない、いってみれば多忙貧乏である。

この自動車産業の中小企業、つまり下請けの2014年の賃上げは、労組のある会社でもベアが数百円だった。2015年については、わずかに増額されて500円以上1000円以内のところが多くなるだろうと想像している。

× 自動車産業以外の会社。ここは円安デメリットを受けている場合が多い。食品、繊維などは、中国で生産したものを仕入れている場合が多いので、円安が経営に大きな打撃になった。2014年のベアはほとんどのところがなかったが、2015年も基本はベアナシだと想像する。業績がよほど良い会社のみベアを実施できるだろう。

こうした傾向は、東海地方に限らず全国的にいえるものだろう。

つまり、日本の企業数の99.7%、雇用の約7割を占める中小企業(約430万社)は、輸出業務が多く円安を享受できる大手企業の社員はベアありだが、逆に、輸入業務が多く円安がデメリットとなる企業はベアなし、と明暗が分かれるになるにちがいない。要するに、多くの社員は今春も残念ながら「望み薄」と思われる。

新聞報道にご注意を!

とはいえ、新聞をみていると、この時期ベアに関する記事が目立つ。「中小企業でも○割がベア」などという見出しが目に入ってくる。だが、そのような記事は要注意である。「根拠不明」とまでは言えないが、その手の情報はどんな調査内容なのか、しっかり吟味しなければならない。

新聞記者の世界では“発表モノ”という言葉がある。役所とか大手企業が発表する内容を記事にすることだ。イマドキの経済記事は9割以上が発表モノである。発表モノというのは、発表する側の意図が隠されている。わざわざ発表するのだから、何らかの目的があってのことだ。

政府思惑「賃上げすれば増税しやすい」

気になる記事があったら、ネットで発表者のサイトを見るといい。サイトには賃上げ調査に関する詳細なデータが載っているものだ。その中で是非ご覧頂きたいのは「調査票」だ。チェックすべきは、調査票に、どんな質問項目が載っているかだ。例えば「今年、ベアを実施しますか?」「今年定昇を実施しますか?」などという質問が載っている。

ここで重要なポイントとなるのは、中小企業ではそもそもベアと定昇が分かれていないことがほとんどだということだ。また、ベアと定昇の違いがわからない人も多いだろう。その場合、質問票を送ること自体がナンセンスではなかろうか。まして“賃金改善”などと言われて意味がわかる人は少ないだろう。

それに、経済団体や国がもっともらしく作り上げる「賃上げ調査」と称するもののほとんどは、会社員(回答者)の賃金明細表を1枚1枚照合しているわけではなかろう。そんな曖昧なデータに基づく「賃上げ」報道はいかがなものかと思うのである。

消費税を10%に上げやすくするための統計

安倍内閣は、アベノミクスの成果をアピールすることに躍起で、各種の統計データをフル活用して自らの政策の成功を証明したがっている。首相にしてみれば「アベノミクスにより景気は好転し、所得増につながっている」「所得の増加は大手から始まり、中小企業や非正規の従業員にまで及んでいる」と言いたいわけだ。

役人の本能は、税を取ることである。役人のホンネは「所得が上がったのだから、消費税率を10%に引き上げることを受け入れて欲しい」ということだと、私は見ている。

内閣や役所が発表するデータは、為政者の意図が隠されている。都合の良い情報ばかり流したがると言う点で、昔の大本営発表と似た部分もある。国民はそのような「思惑」まで見通して欲しい。

北見昌朗 きたみ・まさお
歴史に学ぶ賃金コンサルタント
経済記者を経て独立、(株)北見式賃金研究所を設立して所長に就任。名古屋で中小企業向けに昇給や賞与の提案を行う。「ズバリ! 実在賃金」という独自の賃金調査を行う。http://www.zubari-tingin.com/